2026-09-15バイリンク創業物語#9
開業景気の追い風と申しましたが、実際には損益分岐点をわずかに上回る程度の売上でした。
当時の損益分岐点は150万円程度だったと思いますが、最初の数ヶ月はプラス数十万円くらいの売上で推移していたはずです。
吹けば飛ぶほどの利益だったのです。しかしそのわずかな利益を見て私が何を思ったかと言うと、やっていけるかもしれない。という力強い手応えと言いますか、勘違いと言いますか。創業してすぐの数ヶ月、利益が出る状態を経験してとても安心しました。それまでは不安でいっぱいでしたのでその反動もあり、なんとなく緊張感が抜けたのかもしれません。
忙しいのは最初の数ヶ月だけでした。
オープン景気が去ってからは日々の売上どころか集客にも苦労して、見込み案件すらほとんど無い状態になってしまいます。自社ホームページにはまだ集客力はありませんでしたので、ポータルサイトに物件を掲載したり、ブログを書いたり、過去のお客さんや取引先に営業したり、思い付く事は何でもやりましたが、中々状況は良くなりません。
1番お金が無かったのは2015年の12月です。
今でも鮮明に思い出せるのですが、全ての支払いを終えると残高が15万円くらいしかありませんでした。
その年の12月はとても寒い日が多かった様に記憶しているのですが、今思えば私の気持ちの問題だったのかもしれません。とても寒い冬でした。
ところで、5月に開業してまだ調子の良かった夏頃に欲しかった時計を買いました。タグホイヤーというブランドで50万円位の時計なのですが、若い時からずっと高級時計に憧れていて、いつかお金に余裕が出来たら買おうと思っていたものです。なんとかやっていけそうな手応えを感じて、気持ちにも少し余裕が出来た(つもり)の時に買いました。
最初腕に付けた時はまだ早いのではないかな?生意気だったかな?という気恥ずかしさと高揚感が混ざった気持ちになりながら、自転車で毎日会社に通っていた様な気がします。茶色の革ベルトがとても大人っぽく見える時計でした。
その4ヶ月後くらいでしょうか。12月になって、時計を買った時には想像出来ない様なピンチに陥ります。
資金が底を突きそうな時、ふと鏡を見ると高級時計を付けている自分がとても滑稽に見えました。売上も上がっていない、先の見通しも付かない自分が贅沢品を身に付けている事が恥ずかしくて仕方無かったのです。
どうして自分はもっと謙虚になれなかったのだろう。他人のアドバイスを聞いていれば良かったのかな?親に言われた通り大学に行くのが正解だったのだろうか?と。言葉では表現出来ない様な自己嫌悪に陥りました。
ただ、付いてきてくれている社員の事を思うと、自己嫌悪に陥っている場合ではありません。自責の念と同時に最後の力と言いますか、やるだけの事はやらねば。という気持ちです。そういう意味では私は既にこの時には社員に救ってもらっていたのかもしれません。
翌日、50万円で買った時計を買取屋さんに持って行って売りました。10万円でした。
そしてその10万円をホームページのSEO対策に注ぎ込んだのです。
今はSEO対策という言葉はあまり耳にしませんが、当時は割と一般的と言いますか、検索エンジンで上位表示される事が重要だった時代の話です。
次回は10万円で実施したSEO対策がきっかけで業績が回復する話です。
思い返すと不思議なのですが、あの時に時計を売ったあたりから運を引き寄せた様な気がします。
ページ作成日 2026-09-15
